臨床医と病理医が同じ学会とか研究会に参加することがたまにある。ほかにもそのような学会、研究会はいくつもある。以前は、そういった学会では病理医の方がなんとなくえらいのではないかなどと、とんでもない思い違いをしていた。思い違いの最大の理由は、病理医が顔を出す学会とか研究会では、話すテーマが病理の話になるからだった。そうすると、どうしても病理医がいろいろしゃべって、それを臨床医が聴くということになりがちだ。
ただ単に、勉強熱心な臨床医が知見を広げるために病理医の話を聴きに来ているのだとは考えていなかった。勉強熱心な臨床医は、臨床能力に加えて病理の勉強をやりに来ているのに、私は病理医でしかなかった。
だから、そういった学会や研究会に病理医として呼んでいただいて話をすることがあっても、聴衆への尊敬の念はどれほどあったのだろうかと心配になる。病理医として話すとき、「私の知っていりことはこれこれです、あとはあなたたちで決めなさい」と、臨床的な判断は彼らに下駄を預けていたし、臨床的にどうしたらいいのかを提案するときになって、おかしなプライドが急に頭をもたげて、知らない領域に踏み込むということに対して、急に卑屈になっていた。

一つの疾患、病態について、病理も臨床もあったものではない。立場によって、見方、考え方が違うというだけだ。ドクターズドクターであると同時に、同僚であり尊敬すべき医師である臨床医から、私はこれまでほとんど吸収しないで来たように思う。今回のタイトル、“学会(研究会)に出て思うこと”という、あくまでも学問としての医学という観点からは、病理医と臨床医との違いは無い、と断言できる。
でも、病理医だけだと協賛がつかない
