
鶯の囀り方が、だいぶ上手くなってきた。
鶴岡八幡宮の桜は花筏。
早くも夏日の声が聞こえてきて、春から初夏へと季節は巡る。

アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃は、一向に収まる気配がない。
混迷の度は深まるばかりで、エネルギー不安も募る。
金持ち喧嘩せずというが、産油国であるイランにしても、本来は戦争をする必要などないはずだ。
それでも、さまざまな事情が積み重なり、ここに至っているのだろう。
ガザ、ウクライナ、そしてイラン。
戦争の惨禍が映像に映し出されるたびに、その無益さを思う。
本来の目的とは異なる形に変えられてしまった瓦礫の山を目にすると、つくづく無駄なことをしていると感じる。
戦争を始める人は、兵士という人の命を使ってまで、自らの理想を追い求める。
それは人としての幸せを希求してのことなのかもしれない。
しかし、その戦争は本当に幸せをもたらすのだろうか。

人類の歴史の中で、幸せをもたらした戦争などあったのだろうか。
誰かが傷つき、命を落とし、終われば残るのは破壊された街ばかり。
復興とは、何のためのものなのだろう。
人はなぜ戦争をしてしまうのか。
そして、なぜ戦争はなくならないのか。
自己矛盾に満ちたこの行為を、どう説明すればいいのか分からない。
